大正11年・12年・13年
主要項目目次
大正11年7月21日
この日は1本の地方費道路線と10本の準地方費道路線が認定され、1本の準地方費道路線が廃止されました。地方費道路線の認定は大正9(1920)年4月1日の初回認定以来約2年ぶりですが、次に地方費道路線が新しく認定されるのは昭和7年12月9日のことで、10年ほど間が空きました。
新たに認定された準地方費道路線のうち、97号稚内中頓別線、98号網走女満別線、100号帯広鹿追線の3本は、大正10(1921)年4月1日に分立し同年10月4日に道路元標位置が指定された村に通じる路線といえます。また、(新)37号札幌夕張線は、(旧)37号岩見沢夕張線の起点を札幌区(現: 札幌市)へ移動したものであり、実質的には札幌郡広島村(現: 北広島市)から夕張郡長沼村(現: 長沼町)までの区間を新たに準地方費道へ昇格させたものとなっています(札幌区~広島村および長沼村~角田村(現: 栗山町角田)間は既存の国道・準地方費道と重複)。
なお、告示第573号では準地方費道37号岩見沢夕張線が廃止されています。これは新たに札幌夕張線が認定されたことに伴う処置ですが、準地方費道路線の廃止は岩見沢夕張線が初めてでした。旧路線の実延長区間がすべて引き継がれたこともあってか、路線番号の37はそのまま再利用されました。
告示の条文
以下に告示の全文および表を掲載します。原文は縦書きで、整理番号はいずれの告示でも漢数字です。なお、告示中の旧字体は新字体に修正しました(修正を施した旧字体と新字体の対応表は本ページの末尾に掲載します)。
北海道庁告示第五百七十一号
地方費道、準地方費道ノ路線ヲ左ノ通認定ス
大正十一年七月二十一日
北海道庁長官宮尾 舜治
地方費道
番号 路線名 起点名 終点名 重要ナル経過地 (二六) 根室停車場線 根室町大字花咲町 根室停車場 準地方費道
番号 路線名 起点名 終点名 重要ナル経過地 (三七) 札幌夕張線 札幌区北三条西五丁目 夕張郡夕張町字本町三丁目 準地方費道札幌広島線(広島村地内ニ於テ分岐)、長沼村、国道二十八号線(夕張郡角田村ニ於テ分岐) (九二) 岩見沢雨竜線 空知郡岩見沢町字一条東一丁目 雨竜郡雨竜村字満寿 国道二十七号線(空知郡江部乙村ニ於テ分岐) (九三) 夕張停車場線 夕張郡夕張町字本町三丁目 夕張停車場 (九四) 函館鹿部線 函館区東浜町 [注1] 茅部郡鹿部村字鹿部 国道四号線(亀田郡七飯村大字藤城村ニ於テ分岐)、七飯村大字軍川村 [注2] (九五) 利別八雲線 瀬棚郡利別村字中利別 山越郡八雲町大字八雲村字遊楽部 八雲町字セーヨベツ (九六) カルルス登別停車場線 幌別郡幌別村大字登別村字カルルス 登別停車場 登別温泉 (九七) 稚内中頓別線 宗谷郡稚内町大字稚内村字止稚内 枝幸郡中頓別村字中頓別 地方費道旭川稚内線(頓別村字頓別ニ於テ分岐)、頓別村字下頓別 (九八) 網走女満別線 網走郡網走町大字北見町中通 網走郡女満別村字女満別市街停車場通 地方費道旭川根室線(女満別村十一線ニ於テ分岐) (九九) 常呂野付牛線 常呂郡常呂村大字常呂村字常呂 常呂郡野付牛町字野付牛市街地大通停車場通 常呂村大字手師学村、野付牛町字仁頃 (一〇〇) 帯広鹿追線 河西郡帯広町字下帯広音更通 河東郡鹿追村字クテクウシ 地方費道札幌根室線(人舞村字清水ニ於テ分岐)、鹿追村字クテクウシ
(筆者注)
- 注1
- 原文では「函館東浜町」の誤記。
- 注2
- 原文ママ。この日の区域決定の告示に記載されている実延長区間の起点は大字峠下村字古峠(現在の道の駅なないろ・ななえ付近、地理院地図)であり、分岐点を大字藤城村とするのは誤りであると考えられます。なお、半年も経たない同年12月15日に、告示内容の改正により分岐点を大字峠下村に改めています。
- 原文は縦書きで、数字は全て漢数字です。経過地の欄では改行や読点を挟まずに複数の事項をつなげて記載している箇所が多くなっています。本ページでは適宜読点を補っています。
- 起終点のうち、停車場と幌別郡幌別村大字登別村字カルルス以外はいずれも道路元標所在地です。
- 前述のとおり、準地方費道札幌夕張線の路線番号37号は、後述の告示第573号で廃止された岩見沢夕張線の路線番号を再利用したものとなっています。
北海道庁告示第五百七十二号
地方費道根室停車場線、準地方費道札幌夕張線外九線ノ道路及其ノ所属物ノ区域ヲ左ノ通定メ供用ヲ開始ス [注3]
大正十一年七月二十一日
北海道庁長官宮尾 舜治
地方費道
番号 路線名 区間 道路ノ区域 附属物ノ名称及幅員 延長 幅員 名称 延長 幅員 (二六) 根室停車場線 根室町大字花咲町
根室停車場4町59間6分
(544.73m)20間
(36.36m)- - - 準地方費道
番号 路線名 区間 道路ノ区域 附属物ノ名称及幅員 延長 幅員 名称 延長 幅員 (三七)
[注4]札幌夕張線 長沼村市街入口
由仁村国道二十八号線接合点2里8町9間4分
(8,744.35m)8間
(14.54m)山根排水橋 15尺 12尺
(3.64m)温水橋 15 12 村界橋 30 21
(6.36m)伏古橋 27 12 角田村字アノロ
夕張町字本町三丁目4里33町38間6分
(19,379.25m)6間
(10.91m)大井分橋 27 12 一号橋 24 12 二股橋 72 12 二号橋 24 12 三号橋 6 9
(2.73m)四号橋 15 9 五号橋 15 9 六号橋 54 12 新夕張橋 12 12 猿内橋 210
(63.64m)17
(5.15m)(九二) 岩見沢雨竜線 江部乙村国道二十七号線分岐点
雨竜村字満寿1里16町37間
(5,739.99m)8間
(14.54m)一号橋 6 9 二号橋 6 9 三号橋 6 9 雨竜伏古渡船場 1町20間
(145.45m)- (九三) 夕張停車場線 夕張町字本町三丁目
夕張停車場11町8間
(1,214.54m)6間
(10.91m)第一号橋 48 12 (九四) 函館鹿部線 七飯村大字峠下村字古峠
鹿部村字鹿部5里31町17間5分
(23,049.98m)4間乃至12間
(7.27m乃至21.82m)三号橋 9 9 二号橋 6 9 一号橋 6 9 一号橋 6 12 軍川橋 36 12 狩ノ沢橋 6 12 五号橋 6 12 六号橋 6 12 七号橋 9 12 九号橋 9 12 大七川橋 12 12 十一号橋 15 12 雨鱒川橋 36 12 十三号橋 9 12 排水路橋 12 12 同 12 12 同 12 15 小川橋 24 12 水路橋 24 14 同 24 14 二号橋 30 9 水路橋 30 24
(7.27m)三号橋 9 12 四号橋 30 12 (九五) 利別八雲線 利別村字中利別
八雲町大字八雲村字鉛川7里35町37間6分4厘
(31,377.50m)8間乃至12間
(14.54m乃至21.82m)末広橋 24 12 今金橋 168
(50.91m)12
13
[注5]三号橋 6 9 四号橋 12 12 五号橋 6 12 六号橋 6 12 七号橋 6 12 八号橋 6 12 九号橋 6 12 濁川橋 30 9 十一号橋 6 12 白石橋 9 12 十三号橋 6 12 夕日橋 9 12 十五号橋 9 12 十六号橋 9 12 十七号橋 6 12 麓橋 7 12 五間橋 28 12 二十号橋 12 12 夕立橋 30 12 霞橋 28 12 谷中橋 36 12 朝霧橋 69 12 紅葉橋 60 12 栄久橋 21 12 二十七号橋 9 12 黄金橋 24 12 二十九号橋 9 12 サックルベシベ橋 30 12 三十一号橋 9 12 三十二号橋 6 12 三十三号橋 8 9 二十八号橋 25 12 眺橋 60 12 三十六号橋 7 9 日暮橋 13 12 静養鼈橋 120
(36.36m)12 暁橋 9 12 四十号橋 11 9 七曲橋 27 12 飛泊橋 21 12 飛川橋 9 12 村雨橋 7 12 時雨橋 12 12 ペンケルベシュベ橋 80 12 曙橋 9 12 一三橋 24 12 鉛川橋 115
(34.85m)12 (九六) カルルス登別停車場線 幌別村大字登別村字カルルス
登別停車場3里12町
(13,090.90m)4間乃至8間
(7.27m乃至14.54m)第一号橋 6 12 第二号橋 12 12 第三号橋 30 12 第四号橋 6 12 第五号橋 15 12 第六号橋 6 12 第一号橋 12 15 第二号橋 18 12 第三号橋 21 12 第四号橋 30 12 (九七) 稚内中頓別線 頓別村字頓別
中頓別村字中頓別5里25町34間
(22,425.43m)10間
(18.18m)頓別橋 120 12 瀞橋 18 9 江保登橋 24 9 五線橋 6 9 楓橋 174
(52.73m)14 九線橋 6 9 敷島橋 6 9 大和橋 6 9 朝日橋 6 9 常葉橋 220
(66.67m)13 十四線橋 6 9 魁橋 42 9 栄国橋 6 9 深雪橋 24 9 鬼河原橋 36 9 村雨橋 15 9 小沢橋 12 9 高砂橋 124
(37.58m)13 八千代橋 9 9 紅葉橋 12 9 緑橋 24 9 深草橋 24 9 豊稔橋 21 9 寿橋 124 9 花月橋 24 9 和泉橋 36 9 都橋 24 9 (九八) 網走女満別線 女満別村十一線
女満別村字女満別市街停車場通9町7間8分
(996.00m)10間
(18.18m)基線橋 12 15 (九九) 常呂野付牛線 常呂村大字常呂村字常呂
野付牛町字野付牛市街地大通停車場通11里17町30間2分
(45,109.41m)6間乃至15間
(10.91m乃至27.27m)第一号橋 6 9 第二号橋 21 9 第三号橋 12 9 第四号橋 30 9 第五号橋 6 9 第六号橋 6 9 第七号橋 12 9 第八号橋 18 9 第九号橋 12 8 第十号橋 12 9 第十一号橋 6 9 第十二号橋 24 9 第十三号橋 15 9 第十四号橋 6 9 第十五号橋 12 9 第十六号クマ川橋 30 9 第十七号橋 12 9 第十八号橋 15 9 第十九号橋 15 9 第一号橋 15 12 第二号橋 18 12 第三号橋 18 12 第四号橋 9 12 第五号橋 15 12 第六号橋 9 12 第七号橋 6 12 第八号橋 24 12 第九号橋 120 13
12
[注6]第一号橋 6 12 第二号橋 6 12 第三号橋 12 12 第一号橋 12 12 第二号橋 9 12 第三号橋 9 12 第四号橋 6 12 第五号橋 9 12 第六号橋 9 12 第七号橋 12 12 第八号橋 12 12 第九号橋 12 12 第十号橋 6 12 第十一号橋 12 12 第十二号橋 9 12 第十三号橋 9 12 第十四号橋 12 12 第十五号橋 15 12 第十六号橋 12 12 (一〇〇) 帯広鹿追線 人舞村字清水
鹿追村字クテクウシ4里8町16間9分4厘
(16,612.60m)6間乃至10間
(10.91m乃至18.18m)第一号橋 15 9 第二号橋 144
(43.64m)11 第三号橋 6 12 第一号橋 18 15 第二号橋 156
(47.27m)15 上川橋 478
(144.85m)13 第四号橋 6 15 第五号橋 9 9 第六号橋 10
4
[注7]9 第七号橋 6 9 第八号橋 12 9 第九号橋 12 9 第十号橋 12 9 第十一号橋 112
(33.94m)8
2
[注8]第十二号橋 18 9 第十三号橋 6 9 第十四号橋 6 12
(筆者注)
- 注3
- 原文ママ。後年の告示では「附属物」と書かれており、この日の告示でも表の見出しでは「附属物」表記が採用されているため、「所属物」は誤記の可能性が高いです。
- 注4
- 原文では「(二七)」の誤記。
- 注5
- 原文ママ。12尺~13尺を意図していると思われます。
- 注6
- 原文ママ。注5と同様のケースで、13尺~12尺を意図していると思われます。
- 注7
- 原文ママ。10.4尺を意図していると思われますが、その場合は小数点(当時の告示内での表記では読点)を使う方が適切でしょう。
- 注8
- 原文ママ。2尺は橋梁の幅員として狭すぎるため、8尺~2尺ではなく8.2尺を意図していると思われますが、こちらも小数点(当時の告示内での表記では読点)を使う方が適切でしょう。
- 原文は縦書きで、数字は全て漢数字です。また、延長および幅員の数値における単位は1行目のみに表記されています。本ページでは、延長および幅員の数値部分の漢数字を算用数字に書き換えています。
- 一部の数値について、メートル法に換算した数値を赤文字のカッコ書きで併記しています。
北海道庁告示第五百七十三号
大正九年四月北海道庁告示第二百四十一号中北海道準地方費道(三七)岩見沢夕張線ノ路線ヲ廃止ス
大正十一年七月二十一日
北海道庁長官宮尾 舜治
(筆者注)
- 原文の告示本文中では、「四月」は組み文字となっています。
- 岩見沢夕張線の路線番号は、この日の告示第571号で認定された札幌夕張線で再利用されました。
各路線の詳細
※注意:この節には筆者の推測をもとに書かれている部分があります。ご了承ください。
「現行路線」は、現行の国道及び道道のうち当時のルート上に存在するもの(路線番号は現行のもの)を、「廃止後引継路線」は廃止された地方費道及び準地方費道の後を引き継ぐ形で認定された路線(そのうち廃止と同時に認定された路線は太字、路線番号はいずれも認定当初のもの)を掲載します。
地方費道26号 根室停車場線
- 現行路線:(R44の一部)、r312
- 廃止後引継路線:r285根室停車場線
根室町(現: 根室市)道路元標を起点とし、現在のR44およびr312根室停車場線のルートで根室停車場へ至る路線でした。支庁所在地の道路元標と最寄りの停車場を接続する路線は他に8路線(札幌、函館、倶知安、旭川、留萌、網走、帯広、釧路)存在しましたが、いずれも大正9(1920)年4月1日の認定であり、本路線のみ遅れて認定された形となりました。根室本線(全通以前は釧路本線)が根室駅まで開通したのは大正10(1921)年8月5日のことで、地方費道の第1次認定が行われた大正9年4月1日の時点では厚床駅(当時は和田村内)止まりとなっていました。
昭和32(1957)年7月25日にr285根室停車場線が認定された際に廃止となりました。なお、道道になってからしばらくの間は終点が常盤町3丁目の根室支庁前(現: 根室振興局前、地方費道時代の起点と同位置)にありましたが、R44の穂香~常盤町3丁目間の新道が開通したことに伴って現在の光和町1丁目へ移動しました。新道の開通時期は特定できていませんが、歴代の地形図や各種地図より昭和40年代前半と推測されます。
準地方費道37号 札幌夕張線
- 現行路線:(R12の一部)、札幌市道上野幌中央線、r3の一部、r38の一部
- 廃止後引継路線:地方費道29号札幌夕張線の一部
札幌市道路元標を起点とし、国道二十七号線および準地方費道3号札幌広島線に重複して広島村中ノ沢(現: 北広島市中央1丁目ほか)に至り、そこからおおよそ現在のr3札幌夕張線およびr38夕張岩見沢線のルートで夕張町道路元標(現: 夕張市本町3丁目付近)へ至る路線でした。
前述のとおり、実質的には広島村中ノ沢~長沼村(現: 長沼町)間を新たに準地方費道へ昇格させたものです。ただし、この区間は道路が未完成だったようで、区域決定・供用開始の告示には当該区間が含まれていません。この区間は昭和3(1928)年4月1日発行の『北海道里程表』(国立国会図書館デジタルコレクション)でも「道路未完成ニ付除ク」と記されています。
昭和7(1932)年12月9日に地方費道29号札幌夕張線が認定されたことにより実延長区間を失いましたが、この時点では路線の廃止は行われませんでした。その後昭和10(1935)年8月31日に廃止されました。
準地方費道92号 岩見沢雨竜線
- 現行路線:(R12の一部)、滝川市道、r279の一部
- 廃止後引継路線:r226江部乙雨竜線
岩見沢町(現: 岩見沢市)道路元標を起点とし、国道二十七号線に重複して江部乙村道路元標(現: 滝川市江部乙町西11丁目・東12丁目交差点)に至り、そこから西進して伏古渡で石狩川を渡り、雨竜村(現: 雨竜町)道路元標へ至る路線でした。
昭和32(1957)年7月25日にr226江部乙雨竜線が認定された際に廃止となりました。その後昭和40(1965)年9月に江竜橋が完成し渡船は解消されました。平成23(2011)年には江部乙跨線橋と2代目の江竜橋が完成し、道道のルートも切り替えられました。
準地方費道93号 夕張停車場線
- 現行路線:r38の一部
- 廃止後引継路線:地方費道29号札幌夕張線の一部
夕張町道路元標(現: 夕張市本町3丁目付近)を起点とし、おおよそ現在の夕張市道本町通線およびr38夕張岩見沢線のルートで夕張停車場へ至る路線でした。当路線が認定された当時の夕張駅は、北炭夕張炭鉱の近く(現在の夕張市福住、地理院地図)にありました。平成31(2019)年4月に石勝線夕張支線が廃止された際の駅(夕張市末広1丁目、地理院地図)は、平成2(1990)年に移転した3代目でした。
準地方費道37号札幌夕張線と同様に、昭和7(1932)年12月9日に地方費道29号札幌夕張線が認定されたことにより実延長区間を失いましたが、この時点では路線の廃止は行われませんでした。その後昭和10(1935)年8月31日に廃止されました。
準地方費道94号 函館鹿部線
- 現行路線:(R5の一部)、r338の一部、r43の一部
- 廃止後引継路線:r187大沼公園市渡線の一部、r186大沼公園鹿部線の一部
函館市道路元標を起点とし、国道四号線に重複して七飯村大字峠下村(現: 七飯町字峠下)に至り、峠を越えて軍川駅(現: 大沼駅)付近を通過し、おおよそ現在のr43大沼公園鹿部線のルートで鹿部村(現: 鹿部町)道路元標へ至る路線でした。当初の国道からの分岐点は現在の道の駅なないろ・ななえ付近(地理院地図)にあったようですが、後に函館本線峠下トンネルの函館側坑口付近(地理院地図)へ移動したようです。
昭和32(1957)年7月25日にr186大沼公園鹿部線およびr187大沼公園市渡線が認定された際に廃止となりました。なお、r187大沼公園市渡線は昭和35(1960)年4月1日にr333大沼公園線(2代目、現r338)が認定された際に廃止されています。
準地方費道95号 利別八雲線
- 現行路線:r263、r42の一部
- 廃止後引継路線:r189八雲今金線
利別村(現: 今金町)道路元標を起点とし、おおよそ現在のr263八雲今金線およびr42八雲北檜山線のルートで八雲町道路元標へ至る路線でした。利別村が昭和22年に町制・改称し今金町となったため、昭和25年11月7日に今金八雲線へ改称されました。
昭和32(1957)年7月25日にr189八雲今金線が認定された際に廃止となりました。
準地方費道96号 カルルス登別停車場線
- 現行路線:登別市道、r2の一部、登別市道、r350の一部、r2の一部、r286
- 廃止後引継路線:r5洞爺湖登別線の一部、r237登別停車場線
幌別村(現: 登別市)にあるカルルス温泉を起点とし、登別温泉を経由し、おおよそ現在のr350倶多楽湖公園線、r2洞爺湖登別線およびr286登別停車場線のルートで登別停車場へ至る路線でした。
起点となっているカルルス温泉は、その泉質がチェコにあるカルロヴィ・ヴァリという有名な温泉地に似ていることから名づけられたといわれています(参考: 『登別の歴史 - 一般社団法人 登別国際観光コンベンション協会』)。カルロヴィ・ヴァリは、明治32(1899)年の開湯当時はオーストリア=ハンガリー帝国の領土にあり、ドイツ語ではカールスバートと呼ばれていたため、カルルスはドイツ語由来の地名の一つといえます。
昭和29(1954)年3月1日にr5洞爺湖登別線が認定されたことで実延長の大半を失い、昭和32(1957)年7月25日にr237登別停車場線が認定された際に廃止となりました。洞爺湖登別線は後に登別温泉を経由しないルートに切り替えられています。
準地方費道97号 稚内中頓別線
- 現行路線:R40の一部、R238の一部、浜頓別町道、R275の一部
- 廃止後引継路線:地方費道6号旭川稚内線の一部
稚内町(現: 稚内市)道路元標を起点とし、おおよそ現在のR40およびR238のルートで頓別村(現: 浜頓別町)に至り、そこから現在のR275に相当するルートで中頓別村(現: 中頓別町)道路元標へ至る路線でした。大正10(1921)年4月1日に中頓別村が頓別村より分立し、同年10月4日に道路元標位置が指定されたため、宗谷支庁所在地(稚内町)と支庁内の町村とを結ぶ路線として認定されました。
大正14(1925)年7月2日に地方費道6号旭川稚内線が中頓別村を経由するように変更されると、実延長区間の全てを失ったうえ、中頓別村道路元標へ至る路線としての存在意義をも失ったため、同日に廃止されました。この際に、路線番号の97は同日認定の稚内猿払線へ再利用されました。
準地方費道98号 網走女満別線
- 現行路線:R39の一部
- 廃止後引継路線:なし
網走町(現: 網走市)道路元標を起点とし、おおよそ現在のR39のルートで女満別村(現: 大空町女満別)道路元標へ至る路線でした。大正10(1921)年4月1日に女満別村が網走町より分立し、同年10月4日に道路元標位置が指定されたため、網走支庁所在地(網走町)と支庁内の町村とを結ぶ路線として認定されました。
起点の網走町道路元標から女満別村11線(地理院地図)までは、地方費道5号旭川根室線との長い重複区間で、単独区間は分岐点から女満別村道路元標(地理院地図)までの約1kmしかありませんでした。当時の旭川根室線は、美幌村(現: 美幌町)から女満別村にかけて網走本線(現: 石北本線)よりも東側の高台を通っており、女満別村の中心部を経由していなかったため、網走女満別線こそが女満別村中心部へ至る路線でした。
その後、時期は特定できていませんが、旭川根室線が網走本線の西側を通る現国道のルートに切り替えられたことで、網走女満別線は実延長区間を失いました。昭和17(1942)年に海軍の美幌第二航空基地(後の女満別空港、現在はボッシュ株式会社のテストコース)が開設されたことも、このルート切り替えに関係しているかもしれません。なお、路線の廃止は昭和32(1957)年7月25日まで持ち越されました。
準地方費道99号 常呂野付牛線
- 現行路線:r7
- 廃止後引継路線:地方費道47号常呂津別線の一部
常呂村(現: 北見市常呂町)道路元標を起点とし、おおよそ現在のr7北見常呂線のルートで野付牛町(現: 北見市)道路元標へ至る路線でした。
昭和13(1938)年9月28日に地方費道47号常呂津別線が認定された際に廃止となりました。常呂津別線は昭和29(1954)年3月30日に廃止されますが、主要地方道として指定された北見常呂線(現: r7)と一般道道の北見津別線(現: r27)に分割されたため、結果的に常呂野付牛線時代と同じ区間割に戻りました。
準地方費道100号 帯広鹿追線
- 現行路線:清水町道、R274の一部
- 廃止後引継路線:r290清水然別湖線の一部
帯広町(現: 帯広市)道路元標を起点とし、地方費道3号札幌根室線に重複して人舞村字清水(現: 清水町南1条西6丁目、地理院地図)に至り、そこからおおよそ現在のR274のルートで鹿追村(現: 鹿追町)道路元標へ至る路線でした。大正10(1921)年4月1日に鹿追村が音更村(現: 音更町)より分立し、同年10月4日に道路元標位置が指定されたため、河西支庁(後の十勝支庁)所在地(帯広町)と支庁内の町村とを結ぶ路線として認定されました。ついに路線番号が100の大台に乗りました。
帯広鹿追線の認定により、準地方費道90号帯広人舞線の実延長区間の大半あるいは全てが重複する形になったはずですが、この日の時点では帯広人舞線は廃止されずに存続しました。帯広人舞線の廃止は大正14(1925)年7月2日まで持ち越されました。
一方の帯広鹿追線は、r290清水然別湖線の認定に伴い、昭和32(1957)年7月25日に廃止されました。清水~鹿追間は後に主要地方道清水鹿追線となり、平成5(1993)年4月1日にR274へ昇格して現在に至ります。
大正11年9月2日
この日は準地方費道35号岩見沢長沼線の経路変更が行われました。認定当初の岩見沢長沼線は、夕張郡由仁村(現: 由仁町)で国道28号線(現: R234)から分岐し、おおよそ現在のr3札幌夕張線のルートで長沼村(現: 長沼町)へ向かっていました。しかし、この年の7月21日に準地方費道37号札幌夕張線が認定されると、岩見沢長沼線の実延長区間の全てが札幌夕張線との重複区間となってしまいました。
そこで、由仁村ではなく、角田村字栗山(現: 栗山町中央など、地理院地図)で国道から分岐し、現在のr874朝日桜丘線およびr45恵庭栗山線のルートで長沼村へ向かうルートに変更されました。こちらは夕張川を馬追橋で渡り、北長沼地区を経由するルートとなっています。後に、昭和6(1931)年4月30日に行われた国道28号線の経路変更(経過地に「栗沢村(清真布経由)」の追加、告示原文: 国立国会図書館デジタルコレクション)に伴い、分岐点は踏切の近く(地理院地図)へ移動しました。
告示の条文
以下に告示の全文および表を掲載します。原文は縦書きで、整理番号はいずれの告示でも漢数字です。なお、告示中の旧字体は新字体に修正しました(修正を施した旧字体と新字体の対応表は本ページの末尾に掲載します)。
北海道庁告示第六百七十三号
大正九年四月北海道庁告示第二百四十一号中準地方費道(三五)岩見沢長沼線ノ路線ヲ左ノ通変更ス
大正十一年九月二日
北海道庁長官宮尾 舜治
記
重要ナル経過地国道二十八号線(夕張郡由仁村ニ於テ分岐)トアルヲ国道二十八号線(夕張郡角田村字栗山ニ於テ分岐)ト変更
(筆者注)
- 原文の告示本文中では、「四月」は組み文字となっています。
北海道庁告示第六百七十四号
路線ヲ変更シタル準地方費道岩見沢長沼線ノ道路及附属物ノ区域ヲ左ノ通定メ供用ヲ開始ス
大正十一年九月二日
北海道庁長官宮尾 舜治
記
路線
番号路線名 変更区間 廃止区間延長 編入区間 道路ノ区域 附属物ノ名称及区域 延長 幅員 名称 延長 幅員 (三五) 岩見沢長沼線 夕張郡由仁村同郡長沼村間ヲ同郡角田村字栗山同郡長沼村間ニ変更 2里08町9間4分
(8,744.35m)3里27町21間
(14,765.44m)6間乃至8間
(10.91m乃至14.54m)一号橋 18尺 12尺
(3.64m)馬追橋 444
(134.54m)14 二号橋 6 12 三号橋 6 12 運河橋 60 20
(6.06m)
(筆者注)
- 原文は縦書きで、数字は全て漢数字です。また、延長および幅員の数値における単位は1行目のみに表記されています。本ページでは、延長および幅員の数値部分の漢数字を算用数字に書き換えています。
- 一部の数値について、メートル法に換算した数値を赤文字のカッコ書きで併記しています。
大正11年12月15日
この日は準地方費道94号函館鹿部線の認定内容の改正が行われました。同路線は同年7月21日の告示第571号により認定されたばかりであり、5ケ月足らずで改正が行われたことになります。同告示の注2に記した通り、国道四号線(現: R5)からの分岐点の地名を「亀田郡七飯村大字峠下村」とすべきところを「亀田郡七飯村大字藤城村」と誤記していたため、これを修正するためと考えられます。
告示の条文
以下に告示の全文を掲載します。原文は縦書きで、整理番号は漢数字です。なお、告示中の旧字体は新字体に修正しました(修正を施した旧字体と新字体の対応表は本ページの末尾に掲載します)。
北海道庁告示第九百三十六号
大正十一年七月北海道庁告示第五百七十一号左記準地方費道(九四)函館鹿部線重要ナル経過地『国道四号線七飯村大字藤城村ニ於テ分岐』トアルヲ『国道四号線七飯村大字峠下村ニ於テ分岐』ト改ム [注9] [注10]
大正十一年十二月十五日
北海道庁長官宮尾 舜治
(筆者注)
- 注9
- 原文では「国道四号締」の誤記。
- 注10
- 原文では「藤成村」の誤記。
- 原文の告示本文中では、「七月」は組み文字となっています。
大正12年12月25日
この日は地方費道路線1本および準地方費道路線2本について路線の一部変更が行われました。
地方費道旭川稚内線の変更
地方費道6号旭川稚内線は、宗谷村尻臼(現: 稚内市宗谷岬)~宗谷(現: 稚内市大字宗谷村字宗谷)で路線を一部変更し、附属物としてピリカタイ橋ほか13の橋梁が告示に掲載されました。しかし、歴代の地形図を確認しても大きなルート変更があったようには見えません。それまでの海岸沿いの小径を改良して路線の一部変更を告示したものの、地図上でわかるほどの変化にはならなかった...ということなのではないかと考えていますが、確証を持てるほどにはなっていません。
準地方費道倶知安室蘭線の変更
準地方費道24号倶知安室蘭線は、虻田村幌萌(現: 洞爺湖町月浦)~準地方費道11号長万部停車場室蘭線交点のルートを変更しました。変更前の旧ルートは幌萌から虻田村の中心部に向かっており、現在のr578洞爺虻田線に近いルートでした。現在でも、洞爺駅の長万部側にある虻田二ノ原道路踏切の名前に往時の面影を残しています(二ノ原は現在の洞爺湖町大原付近)。
変更後の新ルートでは、幌萌から床丹湖畔(現: 洞爺湖温泉)を経由して、床丹(現: 入江)に向かうようになりました。この新ルートが後に二級国道札幌虻田線(現: R230の一部)へ引き継がれるのですが、平成12(2000)年の有珠山噴火によって破壊され廃道となりました。入江跨線橋開通前の旧道には倶知安室蘭線道路踏切が残されています。
準地方費道釧路鳥取線の変更
準地方費道78号釧路鳥取線は、釧路市西幣舞町地内でルートを変更しました。西幣舞町自体は現在の北大通など釧路川右岸の広い範囲を指していますが、そのうち「巡査交番所角」(西幣舞巡査派出所のことか)は現在の北大通8丁目交差点(r53釧路鶴居弟子屈線起点)、「鉄道線路踏切箇所」は川上町11丁目(旭跨線橋交差点)付近を指しているようです。この区間では現在のr53が碁盤の目状の街区に対して斜めに通っており、これが新ルートに該当すると思われます。
告示の条文
以下に告示の全文および表を掲載します。原文は縦書きで、整理番号はいずれの告示でも漢数字です。なお、告示中の旧字体は新字体に修正しました(修正を施した旧字体と新字体の対応表は本ページの末尾に掲載します)。
北海道庁告示第九百九号
北海道地方費道、準地方費道、ノ左記路線ノ一部ヲ別紙図面ノ通変更ス
但シ別紙図面ハ当庁ニ備置ク
大正十二年十二月二十五日
北海道庁長官土岐 嘉平
記
(六)地方費道旭川稚内線自宗谷郡宗谷村字宗谷至同郡同村字尻臼間 [注11]
(二四)準地方費道倶知安室蘭線自虻田郡虻田村至同郡同村字幌萌間 [注12]
(七八)準地方費道釧路鳥取線自釧路市西幣舞町巡査交番所角至同市同町鉄道線路踏切箇所
(筆者注)
- 注11
- 原文ママ。実際の路線と区間の方向が逆です。字尻臼は現在の稚内市宗谷岬であり、字宗谷(現: 稚内市大字宗谷村字宗谷)よりも起点側にありました。
- 注12
- 原文ママ。実際の路線と区間の方向が逆です。字幌萌は洞爺湖畔の地区であり、内浦湾沿岸の虻田市街や字床丹(現: 洞爺湖町字入江)よりも起点側にありました。
- 原文は縦書きで、数字は全て漢数字です。また、延長および幅員の数値における単位は1行目のみに表記されています。本ページでは、延長および幅員の数値部分の漢数字を算用数字に書き換えています。
- 一部の数値について、メートル法に換算した数値を赤文字のカッコ書きで併記しています。
北海道庁告示第九百十号
路線ノ一部ヲ変更シタル地方費道、準地方費道ノ道路及附属物ノ区域中左ノ通定メ供用ヲ開始ス
大正十二年十二月二十五日
北海道庁長官土岐 嘉平
記
路線
番号種別 路線名 変更区間 廃止区間延長 [注13] 編入区間 道路ノ区域 附属物ノ名称及区域 延長 幅員 名称 延長 幅員 (六) 地方費道 旭川稚内線 自 宗谷郡宗谷村字宗谷
至 同郡同村字尻臼 [注14]2里01町4間
(7,970.90m)2里01町43間
(8,041.81m)5間
(9.09m)ピカリタイ橋 6尺 12尺 稲荷橋 6 12 オンコロマナイ橋 22 12 第一紅葉橋 5 9 第二紅葉橋 4 9 船見橋 12 12 オランナイ橋 15 12 トマリキシ橋 10 12 サンナイ橋 27 12 御影橋 6 9 弁天橋 8 12 岬橋 4 12 小山橋 14 12 (二四) 準地方費道 倶知安室蘭線 廃止 虻田幌萌間
編入 床丹幌萌間 [注15]2里06町09間
(8,525.45m)2里19町44間
(10,007.26m)6間
(10.81m)第一号橋 6 12 第二号橋 12 12 第三号橋 12 12 第四号橋 6 12 第五号橋 9 12 第六号橋 6 12 (七八) 同 釧路鳥取線 自 釧路市西幣舞町巡査交番所角
至 同市同町鉄道線路踏切箇所4町56間
(538.18m)3町49間
(416.36m)8間
(14.54m)- - -
(筆者注)
- 注13
- 原文では「癈止」と書かれています。「廃」の旧字である「廢」と、やまいだれの「癈」はそれぞれ別の字であり、誤記といえるでしょう。
- 注14
- 原文ママ。実際の路線と区間の方向が逆です。字尻臼は現在の稚内市宗谷岬であり、字宗谷(現: 稚内市大字宗谷村字宗谷)よりも起点側にありました。また、路線そのものの方向を逆に考えてしまっていることから、附属物(橋梁)の記載順も終点→起点方向になってしまっています。
- 注15
- 原文ママ。実際の路線と区間の方向が逆です。字幌萌は洞爺湖畔の地区であり、内浦湾沿岸の虻田市街や字床丹(現: 洞爺湖町字入江)よりも起点側にありました。
- 原文は縦書きで、数字は全て漢数字です。また、延長および幅員の数値における単位は1行目のみに表記されています。本ページでは、延長および幅員の数値部分の漢数字を算用数字に書き換えています。
- 一部の数値について、メートル法に換算した数値を赤文字のカッコ書きで併記しています。
修正対象の旧字体一覧
本ページの告示中で修正対象とした旧字体と、修正後の新字体との対応をまとめた表です。

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参考文献
告示出典
- 大正11年7月21日北海道庁告示第571号~573号: 大正11年7月26日付『北海道庁公報』第520号pp.1682-1698
- 大正11年9月2日北海道庁告示第673号~674号: 大正11年9月6日付『北海道庁公報』第526号pp.2050-2051
- 大正11年12月15日北海道庁告示第936号: 大正11年12月20日付『北海道庁公報』第541号pp.2733-2734
- 大正12年12月25日北海道庁告示第909号~910号: 大正13年1月2日付『北海道庁公報』第595号pp.2280-2282