道道608号 本編

目次

区間区間起点区間終点走行日区間
距離
本編虻田郡豊浦町字大岸(起点)~礼文駅前(終点)2025/9/276.2km

虻田郡豊浦町字大岸(R37交点、起点)~礼文駅前(終点)

画像1

1'

礼文駅は豊浦町の西部にある礼文華(れぶんげ)の集落内に設置されている。室蘭本線の前身である長輪(おさわ)線が全通した1928(昭和3)年当初から設置されていた駅であり、2025年現在でも2面3線のホームを有している(中線も運用されている)。

※マウスオーバー/赤枠内タップで駅名標の写真を表示します。

画像2

2

終点

駅前広場から延びる道路を眺める。写真の奥の方、駅前広場と道路の境目が道道の終点となっているようだ。終点のすぐ先で十字路となっており、r608は左折して起点へと向かっていく。

右折はr609礼文停車場線であり、そちらは礼文駅とR37を直結する道路となっている。

画像3

3

終点で駅舎側を振り返って撮影。路面には「6254」という数字が白色で書かれている。2024/4/1現在の道路現況調書に記録されているr608の総延長は6.234kmであり、ほぼ一致している数値であることから、起点からの距離をメートル単位で記したものと考えられる。

このような路面のペイントは室蘭建設管理部の道道ではよくみられるものである。

※マウスオーバー/赤枠内タップで路面のペイントの写真を表示します。

画像4

4

十字路で左折すると、単独区間となる。集落の中を通る2車線道路で、両側に歩道がある。

少し進むと、矢羽根の支柱に終点のキロポストが設置されている。

※マウスオーバー/赤枠内タップでキロポストの写真を表示します。

画像5

5

6KP付近。国道と直結するr609が約2.6kmなのに対し、r608は約6.2kmの道のりがある。

画像6

6

ここで左に分岐していく道路は道道の旧道(=国道時代のルート)である。礼文第一道路踏切を渡って室蘭本線の山側へ移っていた。

※マウスオーバー/赤枠内タップで踏切の非常ボタン案内板の写真を表示します。

画像7

7

旧道の分岐を過ぎると室蘭本線と至近距離で並走する区間がある。室蘭方の場内信号機が道路敷地スレスレまでせり出している。

また、ここで右折すると礼文漁港へ行くことができる。

画像8

8

漁港への分岐を過ぎるとゲートが現れる。ここからの区間は連続雨量60mmで通行止めとなり、比較的基準値が低く設定されている。

画像9

9

ゲートを過ぎると左側に室蘭本線のトンネルが見えてくるが、これは1975(昭和50)年に開通した礼文浜トンネルである。このトンネルの開通により礼文~大岸間の室蘭本線は新線に切り替えられた。この先の道道は室蘭本線の旧線と並走することになる。

ここで振り返ると、礼文駅構内へと進入していく線路が良く見える。

※マウスオーバー/赤枠内タップで礼文駅方面の写真を表示します。

画像10

10

少し進むと14t規制の標識が立っている。規制区間はこの後の狭隘区間までとなっているが、このクラスの車両は狭隘区間の突破が困難であろう。

海沿いを通り、落石が頻発し見通しの悪い踏切もある旧線を付け替えるべくして生まれた礼文浜トンネルだったが、施工中から地山に悩まされることとなった。

画像11

11

5KP付近。このあたりは海側に室蘭本線があった区間となっている。山側を通っている道道は後に拡幅されたようである。

礼文浜トンネルは長万部方坑口付近の土被りが浅く、特殊工法に切り替えて貫通させたが、支保工に変状が発生し、地表にクラックが発生するなど、地滑りの発生が予見される状況となった。

画像12

12

集落から十分に離れたところで40キロ規制が解除となるが、前方には路上に設置された落石防止柵などがあり、とてもスピードを出せる状況ではない。

その後は道道を通行止めにしながら、押さえ盛土やモルタル注入、地表の切土などを行い、トンネルは完成。地山との戦いは終わったかのように思われた。

画像13

13

落石防止柵はかなり大掛かりなもので、斜面もコンクリートで本格的に保護されている。

しかし、トンネル開通から24年後の1999(平成11)年11月28日に、トンネル内で約2tのコンクリート片が線路上に剥落し、走行中の貨物列車が衝突して脱線した。対策工を実施し12月4日には再開したが、地山との戦いはまだ終わっていなかったことを見せつけられる格好となった。

※マウスオーバー/赤枠内タップで斜面の写真を表示します。

画像14

14

海沿いには護岸があるのだが、比較的最近に整備されたものと、室蘭本線旧線の時代から残っていると推測される古いものが混じっている。

礼文浜トンネルの事故は、JRグループ全体で同様の事故が連発していた中で発生したためか、事故の翌年には記念碑を建て、事故を風化させまいと毎年安全祈願を行っているようである(記念碑は写真9に写っている)。

※マウスオーバー/赤枠内タップで新しい護岸の写真を表示します。

画像15

15

海側に岩山があるところに少し平場がある。山側の斜面は道道になってから整備を受けているはずなので、それまではもう少し狭かったのだろう。

画像16

16

道路脇に建てられた落石防止柵が途切れると、進行方向左側に古いトンネルが見える。これは室蘭本線旧線の岩見トンネルであるが、工事の関係で少し坑口の形が変わっているようである。昔は落石覆いに接続していたようだが、それも撤去されている。

ここから先は狭隘区間となっており、小型車同士の離合にも気を遣う。旧線が現役の頃はここに道道との踏切があったようだ...

※マウスオーバー/赤枠内タップでトンネルを拡大します。

画像17

17

山の方を見ると、斜面がコンクリートで補強されていることがわかる。かなり新しい時期の施工と見受けられるが、これは後述する道路トンネル建設のためと思われる。

施工に際しては、地中にある礼文浜トンネルのことも考慮したであろうから、長い時間がかかっているのも納得がいく。

画像18

18

見通しの悪いカーブを抜けると、前方にトンネルが見えてくる。今度は鉄道の旧線ではなく道路のトンネルだ。

画像19

19

狭隘区間を振り返る。一応ミラーは設置されており、前後は楽に離合可能なので、十分に減速すれば難なく突破できるだろう。

画像20

20

少し進むと、「トンネルをつくっています」という工事看板が現れる。山側で工事をしているようだ。

画像21

21

ここで振り返ると、(仮称)美の岬トンネルが施工中であった。室蘭本線旧線の岩見トンネルを拡幅して道路トンネルとしているのだが、このような工事の現場を生で見るのは初めてだったので、とても興味深かった。

※マウスオーバー/赤枠内タップで別アングルの写真を表示します。

画像22

22

工事現場を過ぎると道路全体が左側にずれる。この付近には文学碑公園というものがあるのだが、工事資材置き場となっていて駐車場は閉鎖されていた。

文学碑公園には、礼文華の海岸を訪れた歌人や文人たち(斉藤茂吉、与謝野鉄寛・晶子、伊藤整など)の歌碑・随筆碑が建てられているとのこと。

※マウスオーバー/赤枠内タップで文学碑公園の看板の写真を表示します。

画像23

23

文学碑公園からすぐのところに、チャストンネルがある。このトンネルは室蘭本線旧線の茶津トンネルを転用拡幅したものであり、美の岬トンネルも将来的にはこのような姿になるのだろう。

道道の旧トンネルはタッコブトンネルというのだが、こちら側の坑口はチャストンネルに取り込まれてしまったのか現存しないようだ。

画像24

24

チャストンネルの竣工は1997(平成9)年12月と比較的新しい。広い歩道もついており快適だ。トンネルを抜けるとゲートがあり、異常気象時の通行規制区間はここまでとなる。

※マウスオーバー/赤枠内タップでトンネル銘板の写真を表示します。

画像25

25

4KP付近。右手には砂浜が広がる大岸シーサイドキャンプ場が現れる。また、左手にはカムイチャシ駐車公園があるのだが、キャンプ客は旧道敷に駐車するためかこちらにはあまり車がない。

※マウスオーバー/赤枠内タップで駐車公園の看板の写真を表示します。

画像26

26'

旧道敷の様子はこのようになっている。藪の奥には閉塞されたタッコブトンネルの坑口があるはずだが、見に行く気にはなれなかった。

※マウスオーバー/赤枠内タップでタッコブトンネル坑口方面の写真を表示します。

画像27

27

駐車公園を過ぎると、茶津橋を渡り、すぐにカムイチャシトンネルに入っていく。こちらは室蘭本線旧線の達古武トンネルを転用拡幅したものである。

旧道には岩見トンネルがあり、こちらは金網で塞がれているものの、両方の坑口が健在である。

※マウスオーバー/赤枠内タップで岩見トンネルの坑口の写真を表示します。

画像28

28'

カムイチャシトンネルの手前にはカムイチャシ史跡公園の入口があり、トンネルが貫いている岩山の上へ登っていくことができる。

ちょうどこのとき、室蘭本線の新線を貨物列車が走っていった。新線に設けられた新達古武トンネルへ入っていくところであった。

※マウスオーバー/赤枠内タップで貨物列車の写真を表示します。

画像29

29

トンネルの入り口から振り返る。チャストンネルからは直線が続いており、室蘭本線旧線を転用したことによる特徴が現れている。

画像30

30

カムイチャシトンネルを抜けると、左側に駐車スペースが現れる。この駐車スペースは旧道敷を転用したものであり、ここに室蘭本線旧線との踏切があったこともわかる。

このあたりから進行方向の山を見ると、2008年の北海道洞爺湖サミットの会場となったザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパが見える。

※マウスオーバー/赤枠内タップでウィンザーホテルの写真を表示します。

画像31

31

トンネルを振り返って見ると、やはりこちらにも旧道の岩見トンネルが見える。

※マウスオーバー/赤枠内タップで岩見トンネルの坑口の写真を表示します。

画像32

32

道道は室蘭本線の旧線跡を離れ、新線をくぐり抜けて山側へ移る。

画像33

33

海から離れると直線基調の道路となり、歩道も山側へ移る。

画像34

34

室蘭本線が築堤から降りてくると、大岸駅が近づいてくる。

画像35

35

40キロ規制区間が始まり、大岸の集落へと入っていく。

画像36

36

大岸の集落は小鉾岸川によって2つに分断されているが、先に通るのは駅付近の集落である。

画像37

37'

道道は大岸駅の前を通過する。駅舎のそばに立つ木がアクセントになっている。かつては礼文駅同様に中線を有していたようだが、現在では2面2線の棒線駅である。

※マウスオーバー/赤枠内タップで駅名標の写真を表示します。

画像38

38

大岸駅前を後にし大岸漁港への分岐を過ぎると、小鉾岸橋で小鉾岸川を渡る。

小鉾岸(おふけし)は大岸駅の開業時の名称である。字名と駅名は変更されたが、川の名前はそのまま残ったようだ。

※マウスオーバー/赤枠内タップで小鉾岸橋の写真を表示します。

画像39

39

橋を渡り左へカーブすると、幅員減少の予告。この手前で30キロ規制も始まっている。

画像40

40

大岸の集落の続きを通り抜けていく。郵便局、駐在所、消防団分団があり、こちらが集落の中心といえるだろう。

画像41

41

集落を通り過ぎると、大岸1号橋で小鉾岸川を渡る。この橋の手前の交差点から右へ分岐する町道があるのだが、その町道が国道の旧道にあたる。

画像42

42

30キロ規制が終わると起点は近い。

画像43

43

起点

起点のR37・r32交点に到達する。右折すれば豊浦町中心部・伊達・室蘭方面へ行くことができ、E5道央道13豊浦ICもある。

直進のr32豊浦ニセコ線は、案内標識で「この先砂利道有り幅員狭し」と書かれているように、主要道道としてはかなりハードな道路となっている。主要道道でこれ以上にハードな路線はそろって万年通行止めである...

※マウスオーバー/赤枠内タップで案内標識の写真を表示します。

画像44

44'

r32側から見た案内標識では、r608の行先は大岸駅となっている。実際、礼文駅はR37・r609経由で行った方が早い。

画像45

45

なお、レポート時は美の岬トンネルの工事に伴って時間帯通行止めの措置が取られていた。

感想

この道道のことを知ったきっかけは、「北海道道路レポート "カントリーロード"」であったと記憶している。「海岸すれすれをのた打ち回る線形、そそり立つ奇岩。」と表現されているその姿には長い間興味を持ち続けていたが、なかなか走行する機会を作れずにいた。

初めてこの道道を走行したのは2018年の5月とされているが、当時はドライブ(入場券収集)の途中で立ち寄った程度であり、写真もほとんど残っていなかった。岩見トンネルの長万部側坑口がどうなっていたかも覚えていない。

そんな中再走の機会を与えてくれたのは、室蘭本線の停車場線巡りであった。礼文駅に通じるr609礼文停車場線ともどもレポートする計画が立ち、新トンネルの工事の進捗を耳にしたこともあり、「撮りに行くなら今シーズンしかない」と思い立ったのが2025年の9月であった。

実際に自転車で再走してみると、新トンネルの工事状況はもちろんのこと、護岸・擁壁の様子や海の景色もじっくりと眺めることができ、自転車での道路レポートの利点を改めて実感することとなった(レポートに活かせているかどうかは疑問が残るが)。昔「カントリーロード」で見た岩見トンネルの姿は影も形もなくなっていたが、そんなことは考えなくても良いほどに楽しむことができた。

新トンネルが開通すれば、海沿いのトンネルがあるだけの立派な2車線快走路と化すのだが、それが安全を追い求めた結果であることはR229が教えてくれている。「海岸すれすれをのた打ち回る線形」がなくなってしまうのはそう遠くない未来だが、道路が進化した結果を受け止めて、もう一度走りに行きたいと思っている。