昭和2年・3年
主要項目目次
昭和2年3月24日
この日は1本の準地方費道が認定されました。元号が昭和に変わってからは初めての認定でした。大正14(1925)年1月1日に遠軽村(現: 遠軽町)から分立して生田原村(後の生田原町、現: 遠軽町生田原)が成立し、同年7月24日に道路元標の位置が指定されたことに伴う路線認定といえます。
告示の条文
以下に告示の全文および表を掲載します。原文は縦書きで、数字は全て漢数字です。なお、表中の旧字体は新字体に修正しました(修正を施した旧字体と新字体の対応表は告示の後に掲載します)。
北海道庁告示第二百四十八号
北海道準地方費道ノ路線ヲ左ノ通認定ス
昭和二年三月二十四日
北海道庁長官中川 健蔵
記
番号 路線名 起点名 終点名 重要ナル経過地 (一〇八) 網走、生田原線 網走郡網走町大字北見町仲通 紋別郡生田原村字上生田原 地方費道旭川根室線(常呂郡留辺蘂町川向ニ於テ分岐)
(筆者注)
- 路線名の読点は原文通りの表記です。
北海道庁告示第二百四十九号
北海道準地方費道網走生田原線ノ道路及附属物ノ区域ヲ左ノ通定メ昭和二年四月一日ヨリ供用ヲ開始ス
昭和二年三月二十四日
北海道庁長官中川 健蔵
記
番号 路線名 区間 道路ノ区域 附属物ノ名称及区域 延長 幅員 名称 延長 幅員 (一〇八) 網走生田原線 自網走郡網走町大字北見町仲通
至紋別郡生田原村字上生田原6里00町50間3分8厘
(23,655.21m)6間
乃至
14間
(10.91m
乃至
25.45m)第五十五号橋 246尺
(74.55m)12尺
(3.64m)第五十六号橋 12 12 第五十七号橋 288
(87.27m)11.2 第五十八号橋 24 9 第五十九号橋 12 9 第六十号橋 48 12 第六十一号橋 9 12 第六十二号橋 9 12 第六十三号橋 9 12 第六十四号橋 9 12 第六十五号橋 15 12 第六十六号橋 15 12 第六十七号橋 42 12 第六十八号橋 30 12 第六十九号橋 18 12 第七十号橋 12 12 第七十一号橋 15 12 第七十二号橋 12 12 第七十三号橋 6 12
(筆者注)
- 原文は縦書きで、数字は全て漢数字です。また、延長および幅員の数値における単位は1行目のみに表記されており、桁区切りに中点(・)が使われています。本ページでは以下の表記を書き換えています。
- 地番、延長、幅員の数値部分の漢数字→算用数字
- 桁区切りの中点(・)→ピリオド(.)
- 一部の数値について、メートル法に換算した数値を赤文字のカッコ書きで併記しています。
- 起終点はいずれも道路元標所在地です。
昭和3年5月26日
この日は5本の準地方費道が認定されました。また、準地方費道36号岩見沢幌向線の認定変更が行われています(実際は軽微な経路変更)。
岩見沢幌向線の経路変更
この日の告示第510号では、準地方費道36号岩見沢幌向線の経路変更が行われています。岩見沢幌向線は空知郡岩見沢町(現: 岩見沢市)道路元標を起点として、同町字志文まで国道28号線(東京市ヨリ第七師団司令部所在地(旭川区)ニ達スル路線(乙))に重複、分岐後は栗沢村(現: 岩見沢市栗沢町)を経由して幌向村(現: 南幌町)を終点とする路線でした。この日の告示で経路を変更し、国道からの分岐点も変更となりました。ルート変更の概略を図1に示します。
図1 昭和3年5月26日時点の岩見沢町字志文付近主要道路・鉄道路線網図(地理院タイルに道路・鉄道を追記して掲載)
変更前の経路(図中「旧区域」、告示中「廃止区間」)は、南8線の国道が屈折する交差点から分岐し、国鉄万字線に沿って幌向川を渡って栗沢村耕成に至るルートでした。一方で変更後の経路(図中「新区域」、告示中「編入区間」)は、より起点寄りの南6線で国道から分岐し、志文市街地を経由するルートとなりました。
なお、その後昭和6年4月30日に国道28号線の経路変更(経過地に「栗沢村(清真布経由)」の追加、告示原文: 国立国会図書館デジタルコレクション)が行われ、これまでの夕張郡角田村栗山(現: 栗山町中心部)から鳩山・茂世丑・上志文を経由して志文に至るルート(現在のr30三笠栗山線・r38夕張岩見沢線)から、栗丘・清真布を経由して志文に至るルート(現在のR234)に変更されました。これに伴い、岩見沢幌向線は栗沢村清真布(現: 岩見沢市栗沢町東本町など)で国道から分岐するように改められました(経過地を変更した告示は未発見)。
告示の条文
以下に告示の全文および表を掲載します。原文は縦書きで、数字は全て漢数字です。なお、表中の旧字体は新字体に修正しました(修正を施した旧字体と新字体の対応表は告示の後に掲載します)。
北海道庁告示第五百七号
北海道準地方費道ノ路線ヲ左ノ通認定ス
昭和三年五月二十六日
北海道庁長官沢田 牛麿
(筆者注)
- 注1
- 原文では「川上弟子屈村」の誤記。
- 注2
- 原文では「籍テ」の誤記。
- 注3
- 原文では「杳形村」の誤記。
- 経過地の欄では改行や読点を挟まずに複数の事項をつなげて記載している箇所があります。本ページでは適宜読点を補っています。
- 起終点のうち、停車場と港津以外はいずれも道路元標所在地です。
北海道庁告示第五百八号
北海道準地方費道(三六)岩見沢幌向線ノ路線ノ認定ヲ別紙図面ノ通変更ス但シ別紙図面ハ当庁ニ備置ク
昭和三年五月二十六日
北海道庁長官沢田 牛麿
北海道庁告示第五百九号
北海道準地方費道(一〇九)広尾止若線外四線ノ道路及附属物ノ区域ヲ左ノ通定メ供用ヲ開始ス
昭和三年五月二十六日
北海道庁長官沢田 牛麿
番号 路線名 区間 道路ノ区域 附属物ノ名称及区域 延長 幅員 名称 延長 幅員 (一〇九) 広尾止若線 自広尾郡広尾村大字大樹村
至中川郡幕別村大字止若村大通北二丁目12里16町53間
(48,969.09m)6間
乃至
15間
(10.91m
乃至
27.27m)第一号橋 9尺 9尺
(2.73m)第二号橋 9 9 第三号橋 9 9 第四号橋 42 9 第五号橋 6 9 第六号橋 36 9 第七号橋 30 9 第八号橋 9 9 第九号橋 6 9 第十号橋 6 9 第十一号橋 12 9 第十二号橋 6 9 第十三号橋 6 9 第十四号橋 9 9 第十五号橋 9 9 第十六号橋 9 9 第十七号橋 6 9 第十八号橋 6 9 第十九号橋 9 9 第二十号橋 6 9 第二十一号橋 18 9 第二十二号橋 36 9 第二十三号橋 6 9 第二十四号橋 18 9 第二十五号橋 72 9 第二十六号橋 54 9 第二十七号橋 18 9 第二十八号橋 72 9 第二十九号橋 6 9 第三十号橋 12 9 第三十一号橋 30 9 第三十二号橋 30 9 第三十三号橋 36 9 第三十四号橋 6 9 第三十五号橋 24 斜橋 第三十六号橋 24 15 第三十七号橋 24 15 第三十八号橋 9 15 第三十九号橋 6 15 第四十号橋 9 15 第四十一号橋 15 15 第四十二号橋 21 15 第四十三号橋 6 15 第四十四号橋 6 15 第四十五号橋 6 15 第四十六号橋 6 15 第四十七号橋 6 15 第四十八号橋 6 15 第四十九号橋 12 15 第五十号橋 12 15 第五十一号橋 18 18 (一一〇) 弟子屈美幌停車場線 自川上郡弟子屈村字美留和
至美幌停車場 [注4]14里4町43間9分5厘
(55,498.09m)6間
乃至
8間
(10.91m
乃至
14.55m)札友内橋 102
(30.91m)11.5 柳橋 6 12 見込橋 24 12 清水橋 18 12 第一号橋 30 9 第二号橋 21 9 第三号橋 9 9 第四号橋 18 9 第五号橋 9 9 第六号橋 18 9 第七号橋 18 9 第八号橋 30 9 第九号橋 9 9 第十号橋 9 9 第一号橋 18 9 古梅橋 30 9 清流橋 60 9 榎橋 42 12 東橋 42 12 フタロツプ橋 30 12 東八橋 6 9 都橋 60 12 東七橋 6 9 稲荷橋 6 9 智恵橋 12 9 千鳥橋 24 12 (一一一) 沓形港線 自利尻郡沓形村準地方費道沓形鬼脇線分岐点
至沓形港 [注5]58間
(105.45m)5間
(9.09m)- - - (一一二) 紋別停車場線 自紋別郡紋別町地方費道稚内網走線分岐点
至紋別停車場1町24間
(152.73m)8間
(14.55m)- - - (一一三) 池田停車場線 自中川郡池田町大字川合村字利別太南四線
至池田停車場9町27間
(1,030.91m)6間
乃至
12間
(10.91m
乃至
21.82m)- - -
(筆者注)
- 注4
- 原文では「美留加」の誤記。
- 注5
- 原文では「至杳形港」の誤記。
- 原文は縦書きで、数字は全て漢数字です。また、延長および幅員の数値における単位は1行目のみに表記されており、桁区切りに中点(・)が使われています。本ページでは以下の表記を書き換えています。
- 地番、延長、幅員の数値部分の漢数字→算用数字
- 桁区切りの中点(・)→ピリオド(.)
- 一部の数値について、メートル法に換算した数値を赤文字のカッコ書きで併記しています。
北海道庁告示第五百十号
北海道準地方費道(三六)岩見沢幌向線ノ道路及附属物ノ区域中左ノ通変更シ供用ヲ開始ス
昭和三年五月二十六日
北海道庁長官沢田 牛麿
変更区間 廃止区間延長 編入区間 道路ノ区域 附属物ノ名称及区域 延長 幅員 名称 延長 幅員 自空知郡岩見沢町字志文
至同郡栗沢村字耕成19町32間3分8厘
(2,131.60m)30町48間9分3厘
(3,361.68m)7間乃至10間
(12.73m乃至18.18m)金志橋 9尺 12尺
(3.64m)十三号橋 108
(32.73m)12
(筆者注)
- 原文は縦書きで、数字は全て漢数字です。また、延長および幅員の数値における単位は1行目のみに表記されています。本ページでは、延長および幅員の数値部分の漢数字を算用数字に書き換えています。
- 一部の数値について、メートル法に換算した数値を赤文字のカッコ書きで併記しています。
各路線の詳細
※注意:この節には筆者の推測をもとに書かれている部分があります。ご了承ください。
「現行路線」は、現行の国道及び道道のうち当時のルート上に存在するもの(路線番号は現行のもの)を、「廃止後引継路線」は廃止された地方費道及び準地方費道の後を引き継ぐ形で認定された路線(そのうち廃止と同時に認定された路線は太字、路線番号はいずれも認定当初のもの)を掲載します。
準地方費道108号 網走生田原線
- 現行路線:(R39の一部)、R242の一部
- 廃止後引継路線:r111遠軽留辺蘂線の一部
網走町(現:網走市)道路元標を起点とし、地方費道5号旭川根室線に重複して留辺蘂町(現: 北見市留辺蘂町)で分岐し、おおよそ現在のR242のルートで生田原村(現: 遠軽町生田原)道路元標に至る路線でした。前述のとおり、生田原村が発足したことに伴い、支庁所在地と道路元標を結ぶ路線として認定されたものです。遠軽村(現: 遠軽町)へ向かうルートはこの時点では町村道のままで、昭和10年5月23日に準地方費道128号生田原下湧別線として認定されました。
昭和29年3月30日に後継路線となるr111遠軽留辺蘂線が認定されましたが、路線の廃止は昭和32年7月25日に持ち越されました。その後(主要地方道)r511上湧別留辺蘂線を経て昭和50年4月1日に国道に昇格しました。
準地方費道109号 広尾止若線
- 現行路線:(R336の一部、R236の一部)、r15
- 廃止後引継路線:r36幕別大樹線
広尾村(現: 広尾町)道路元標を起点とし、地方費道7号帯広浦河線に重複して同村大字大樹村(現: 大樹町)で分岐し、おおよそ現在のr15幕別大樹線のルートで幕別村(現: 幕別町)道路元標に至る路線でした。終点が道路元標所在地のため路線名に村名を採用するのが通例ですが、あえて大字名の「止若」が採用されています。後の昭和25年11月7日に広尾幕別線へ改称されましたが、町村名は「幕別」のままで、字名改正はあったものの「止若」の地名はこの時点で廃止されていないため、路線名への「止若」の採用と同様に謎が残っています。
実延長区間の全線が主要地方道に指定され、昭和29年3月30日にr36幕別大樹線が認定された際に廃止となりました。なお、地方費道7号帯広浦河線とその後継路線の二級国道帯広浦河線(現: R236)は中札内から上札内および尾田を経由して大樹に至っていたため、主要地方道の終点は国道交点の大樹に設定されました。後に国道が更別・忠類経由の現ルートに切り替えられてからは、忠類~大樹間は国道との重複区間となりました。
準地方費道110号 弟子屈美幌停車場線
- 現行路線:(R243の一部)、r309
- 廃止後引継路線:地方費道39号美幌弟子屈線
弟子屈村(現: 弟子屈町)道路元標を起点とし、地方費道10号網走釧路港線に重複して同村美留和で分岐し、おおよそ現在のR243のルートで美幌町に至り、そこから現在のr309のルートで美幌駅に至る路線でした。当時はまだ釧網本線の標茶~斜里(現: 知床斜里)間が開業しておらず、弟子屈駅(現: 摩周駅)はなかったため、弟子屈と鉄道駅とを結ぶ路線としての役割があったものと考えられます(弟子屈駅はその後昭和4年に開業)。町村界は美幌峠として知られますが、昭和47年発行の『美幌町史』の年表によれば、大正9年の時点で道路が開通したとされています。
昭和10年5月23日に地方費道39号美幌弟子屈線が認定されたため、同年8月31日に廃止されました。なお、地方費道美幌弟子屈線の起点は美幌停車場ではありませんが、美幌駅前~美幌町道路元標の区間もそのまま地方費道の区域に引き継がれました。
準地方費道111号 沓形港線
- 現行路線:r303
- 廃止後引継路線:r261沓形港線
沓形村(現: 利尻町沓形)道路元標を起点とし、現在のr303のルートで沓形港に至る路線でした。
昭和32年7月25日に後継路線のr261沓形港線が認定された際に廃止されました。令和4年4月1日現在の『道路現況調書』では道道沓形港線の実延長は104mとされており、準地方費道路線の認定時の実延長58間(約105.45m)とほぼ変わっていないことがわかります。
準地方費道112号 紋別停車場線
- 現行路線:(r305の一部)、r713の一部
- 廃止後引継路線:r275紋別停車場線
紋別町(現: 紋別市)道路元標(現在の本町1丁目・2丁目交差点角)を起点とし、地方費道9号稚内網走線に重複し、現在の本町4丁目・本町5丁目交差点で分岐し、現在のr713のルートで紋別駅に至る路線でした。
昭和32年7月25日に後継路線のr275紋別停車場線が認定された際に廃止されました。後の昭和46年3月31日にr713中渚滑紋別停車場線が認定され現在に至ります。
準地方費道113号 池田停車場線
- 現行路線:r73の一部、r237の一部
- 廃止後引継路線:r137池田停車場高島線の一部
池田町道路元標を起点とし、現在のr73およびr237のルートで池田駅に至る路線でした。実延長が9間27町(約1,031m)であること、昭和22年8月25日に準地方費道176号池田大津線を認定した際の区域決定の告示で当路線との重複区間が922mとされていることから、道路元標は現在の大通7丁目(池田町南4線踏切そば)にあったものと推測されます。
昭和32年3月30日に後継路線のr137池田停車場高島線が認定され、昭和32年7月25日に廃止されました。
修正対象の旧字体一覧
本ページの告示中で修正対象とした旧字体と、修正後の新字体との対応をまとめた表です。
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参考文献
- 『美幌町史』,美幌町,pp.1304-1337,1972. 国立国会図書館デジタルコレクション(登録利用者のみ閲覧可能)
告示出典
- 昭和2年3月24日北海道庁告示第248号・249号: 昭和2年3月30日付『北海道庁公報』第14号pp.358-359
- 昭和3年5月26日北海道庁告示第507号~510号: 昭和3年5月30日付『北海道庁公報』第75号pp.797-803